2007.10.28
六道珍皇寺は、不思議な場所だった。

小野篁の地獄通いの伝説で知られるこのお寺には、毎晩彼が黄泉へとおりるときに使ったとされる井戸がある。それだけでも、興味深いお寺だ。
けれど、「閉じて」いる。
この場所は、なぜか。
そんな気がした。
拝観料も取らず、派手な説明もなく、全てが、あまり騒がれないよう、触れられないよう、ごくごく静かにひかえめにおさめられている。そんな気がしてならなかった。閻魔大王の像も小野篁像も、とても立派なのに、10センチ四方程度の小窓から覗きみることしかできない。井戸も、やはり小窓ごしに遥か遠くに認められる程度で、鐘に至っては、鳴らす紐こそ外に垂らされてはいたけれど、その姿は見えないよう厚い壁に囲まれていた。本堂もしかり。加えて、人の気配もない。

その徹底ぶりに、妙に落ち着かない気分にさせられた。何かが息をひそめているような。拝観する者がさらりと通り過ぎるのを、静かに待っているような。境内で狐の嫁入りに出くわし、幻想的な空気を味わったのもあって、わたしのなかでここは、貴船につぐ不思議スポットになった。
なんだったんだろう、あの感覚。
今日の京で美味しかったもの。
「わらじや」のうぞうすい♪


念願かなって、やっと食べることができた。このうえなく贅沢なランチ!美味しゅうございましたっO(≧∇≦)o