2007.10.10
ラジオな日。
本をいためてしまうから、本当はあまりやらないほうがいいのかもしれないけれど、わたしは本を読んでいるとき、ふと心に引っ掛かるフレーズや文章をみつけると、そのページの上端を小さく折るクセがある。
たまに昔読んだ本を読み返すとき、隅が折られたページを開くのも、楽しみのひとつだ。わたしはあのとき、どの言葉が胸に残ったんだろう。どの表現にドキリとしたのだろう。忘れ難いもの。心に刻んだもの。もやもやしていた気持ちを言い当てていたもの。涙があふれたもの。
すぐにわかるものもあれば、これだったっけ…と記憶があやふやなものもある。その言葉が打ちならすいまの響きを聴くことで、わたしという楽器のいまのカタチや、音色を知ることができるのだ。そして、楽器が日々変化していることも、そのつど思い知らされる。いいほうにも、わるいほうにも。
『音楽はとても生理的な何かだ。』
『私の記憶にある父の書斎の匂いの中心は、たぶん精神の匂いだ。〜気体ではなくゆるい寒天みたいな質感で、そこにとどまっている。』
『季節が移ろうことには、たしかに寡黙で圧倒的なやすらかさがある。』
これは、江國香織さんの「とるにたらないものもの」から、わたしが端を小さく折ったページの言葉たちの一部。すこし、読んだ当時の気持ちを思い出した。
本を読む作業は、鏡をのぞきこむことに似ているのかもしれない。