2007.7.24

 ナレーション2本な日。

 幼稚園の頃からの幼なじみと、20年ぶりの再会!

 

 以前、日誌にも書いたが、ネットでたまたま私の名前を見つけ、そこから辿っていまの仕事を知り、事務所宛にお手紙をくれた「彼」だ。メールでしばらくやり取りをしたものの、横たわるのは20年分の空白。何から埋めていっていいのかわからずまどろっこしくなり、ならば会ってご飯でも食べようということになった。

 待ち合わせ場所と時間を決め、いざ丸ビルの正面入り口にたどり着いたとき、わたしはいきなり極度の緊張に襲われた。私の記憶の中の彼は、声変わりすらしていない、ひょろっと背の高い姿のままで止まっている。面代わりもしていることだろう。パッと見ただけじゃわからないかもしれない。ああ、どうしよう。そんな不安を前日の夜にメールすると、

 「あ、だいじょうぶ。さやかちゃんの最近の写真はネットでいろいろ見つけたから」

 ・・・・ええええ(T-T)

 

 相手から見つけてもらうのが頼り、という待ち合わせが、こんなにも緊張するものだとは知らなかった。どこからあらわれるのかもわからない。スーツなのか、ラフな格好なのか、背格好すら見当もつかない。それらしき男性がそばを通るたび、ビクビクし続けているうちに、それだけでだんだん疲れてきてしまった。

 待っているだけでこんなに緊張してしまうなら、会って話すなんて、ひょっとしたらものすご〜く無謀だったんじゃないかしら・・・気まずかったらどうしよう。まともに顔もみられないかも・・・思考がぐるぐるネガティブ・スパイラルに陥りかけた、そのとき。

 「さやかちゃん?」

 

 声をかけたその人は、大柄でスーツ姿でしっかり大人になった、でも目は全然変わっていない、紛れもない「彼」だった。しぼみかけていた気持ちがしゅるしゅる音を立てて復活していくのがわかった。ああ、なんだ。ぜんぜんこわくない。もちろん、不思議なドキドキはあったけれど、それは乾杯をして食事をすすめるうちに、喜びと懐かしさと新鮮な驚きに変わっていった。

 

 思い出話ができる相手は貴重だ。目の前のその人は、記憶の中の彼とはまったく別人のような姿で、でも、小学校のあのアスレッチクがね、とか、あの先生まだお元気なんだよ、とか、私の記憶の箱をカチリカチリと音を立てて開けていく。その感覚が面白くて、嬉しかった。

 ほんの数時間のおしゃべりで全てを語れるほど、20年という時間は短くない。でも、言葉をそれほど無理矢理重ねなくても、楽な気持ちでいられる。幼なじみって、こういう安心感があるんだなあ。初めて知った。

 

 懐かしくて、小さなワクワクに満ちた、
 きれいで不思議な夜だった。