2004.4.3
あることが、ふと気になりだす。
最初は、一瞬で通り過ぎる電車の窓からの景色のように、ほんのわずかな印象しかなくても、二度三度と遭遇し続けると、否応なしに意識するようになる。
ここ最近わたしは、そんな偶然に立て続けにみまわれている。テレビをつければ、何度となくその話題のニュースやコーナーが、まるでドラマのワンシーンのようにタイミングよく始まり、電車のなかでふと吊り広告をみあげれば、その特集がでかでかと宣伝されている。小説を読めば、それに関する記述にぶちあたり、友達と話をすれば、相手のほうからその話題が出る。
こうも半端じゃない確率で遭遇すると、意識せずにはいられなくなる。これは、メッセージなのだと。偶然の出来事という箱にかくされてわたしに届けられている、なにかおおきな意思からのメッセージなのではないかと。
そうおもって、ふと気付く。わたしたちの生活の中には、こういうヒントやメッセージが、じつはものすごくたくさんかくされているんじゃないか。いろいろな方法で、自分を見守っていてくれる目に見えない何かが、わたしたちにつねに伝えようとしているのではないか。
自分一人だと見過ごしてしまうかもしれない、大切なもののことを。
煩雑な毎日と行き交う言葉の抜け殻の狭間で、できるだけ多くのサインをキャッチできる、研ぎ澄まされたアンテナでいたい。