2003.12.30

 仕事納めの日。

 滅多に風邪をひかないディレクターが、ひどい体調をおして現場にでてきてくれた。彼女のトレードマークでもある、腰まである見事な黒髪も、洗えないからと、グレーのベレー帽の中にキッチリおさめられていた。

 「もうやけくそよ」

 そういっていつもどおりの笑顔を向けてくれるNさんに、わたしは今年もどれだけ助けられたことかしれない。

 ラジオどころか、マイクのマの字も理解していなかったようなド新人の頃からわたしを知っている彼女は、この世界ではかなりのベテランで、しかもかなり厳しい人だ。

 でもそのぶん、うらおもてのない、心から信頼できる、数少ない人。
 きっとマネージャーよりも、親よりも、仕事をしているわたしの精神・気力・体力状況を理解している人。
 仕事を始めて間もない頃、Nさんが引っ越すということで、その部屋の片付けを手伝いにいったことがあった。

 正直いうと、その頃のわたしは、自分の未熟さを嫌というほど自覚していた分、これから長くお世話になるだろう彼女と少しでも距離を縮めたいという、どこか打算に近い気持ちがあったと思う。でも彼女は、手伝いたいというわたしの申し出に対して、変に遠慮もせず、社交辞令ともとらず、ストレートに受け入れてくれた。

 片付けの途中、お茶を飲みながらひと息ついているとき、電話が鳴った。そのときのNさんの言葉を、わたしはおそらく一生忘れないとおもう。

「いま、若い友達がきてるんだけど…」

 友達!

 現場に出ればまわりの全てが先輩で、ひたすら身を縮めながら必死で仕事をしていたあの頃。誰を信じればいいのか分からなくて、緊張と人見しりの恐怖で死ぬほど臆病になっていたあの頃。

 Nさんの、何気無い、でも当たり前のように口をついて出たそのひと言が、震えるほど嬉しかった。母親ともよべるくらい年上の彼女が、同じ仕事に携わるひとりの社会人としてわたしを扱ってくれたとき、ものおじするばかりで胃を痛めていた弱いわたしは、ほんの少し強くなれた気がしたのだ。

 以来、Nさんは、この業界で誰より近い、まさにもうひとりの母のような大切な存在になった。プライベートでも、お茶を習い、ともにライブに出かけ、買い物もする。かけがえのない人。

 こんなわたしが、小さい番組ながらもFMで5年以上DJを続けていられるのは、Nさんがディレクターだったからこそなのだ。

「今年は、ほんとによくがんばったわね。」

 滅多に褒めない彼女にしみじみそういわれ、不覚にも目がうるむ。

 それはあなたがいてくれたからこそですと、胸の中でソッと呟きながら、「良いお年を!お大事に!」と、渋谷駅の雑踏の中で、大きく大きく手を振った。